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03
2017

社交辞令

CATEGORY幽霊
こんにちは、ゴーストライターです。
このブログへ勝手に寄稿するのも3回目となりました。
今回のテーマは「社交辞令」です。



社交辞令といえば、皆さんはどんな言葉を思い浮かべますか?

「今度○○行きましょうね!」
「機会があれば○○しましょう」
「○○さんっておきれいですね〜」
「ご活躍をお祈りしております」

などなど、枚挙にいとまがありませんね。
皆さんも身に覚えのあるフレーズがあるのではないでしょうか。
ちなみに私は全て使ったことがありますw



それにしても、人々は何故このような「思ってもいないこと」を平然と口走るのでしょうか。
Wikipediaでは、社交辞令について次のように説明されています。

「あらゆる場面での人間付き合いにおいて、物事を円滑に進めるために発言することが望ましいとされている挨拶や相手を誉める言葉。」

なるほど、人間関係を巧く立ち行かせるためのものなのですね。
まぁ、人が洗いざらい本音をぶちまけてしまったら、ギスギスして仕方ないですよねw

「今度○○行きましょうね!」(行くつもりはないけれど)
「機会があれば○○しましょう」(嫌だし先延ばしにしておこう)
「○○さんっておきれいですね〜」(若作りしすぎて痛々しい)
「ご活躍をお祈りしております」(お前の将来とかどうでも良い)

といったところでしょうか。
勿論このようなお世辞を本心から口にしている方もいるのでしょうが、多くの場合は本心の隠蔽に過ぎません。
人は存外、他人に対して無関心なものであり、そのような他人との関係は「煩わしくない程度に巧く運べば良い」というくらいにしか考えていません。
だから適当な言葉でお茶を濁して、日々をやり過ごしているのです。



しかし、社交辞令は結局の所ただの「嘘」です。
「嘘をつくのは良くないことだよ」と大人たちは言うけれど、自分たちは当然のように嘘をばら撒きます。
「人を傷つけないための優しい嘘だってあるんだよ」などと綺麗事の屁理屈で取り繕ってはいますが、所詮は嘘です。
呼吸するように嘘を吐いて、それを平然と正当化しているのです。
醜いですよね。

私はこうした社交辞令に何度も踊らされてきました。
「今度○○行こうね」と言われれば本当にそんな約束をした気になります。
「○○さん可愛いね」と言われれば本当に褒められたような気になります。
そうして一人で勝手に舞い上がって、それが嘘だったと知るや落ち込んで、そんな欺瞞に一喜一憂している自分の弱さと浅はかさを呪いました。
「人の本心を見抜ける能力があれば良いのに」などと無意味な反実仮想を抱いたこともありました。

そうしていつしか気づきました。
畢竟、人間は自分の言動にさほど責任を持っていないのです。
おざなりな巧言令色でも、その場を平穏にやり過ごせるならそれで構わないのです。
人と人との交流なんて、その程度のものです。

そう思った途端に、前が開けたような心地がしました。
人は人を騙す。欺く。正直者は馬鹿を見る。信じるな。全てを疑え。
そう自分に言い聞かせて、心の中に一線を引いておけば、傷つかなくて済む。
自分も同じように嘘をついて、媚を売って、その方が人間関係は巧く回る。
そのことに気づいてしまえば、人生はずっと楽になります。

それからは私も、社交辞令という名の嘘を振りまくようになりました。
他人の賛辞も社交辞令として片付けてしまえば、喜びも悲しみもない平坦な日常が約束されているのです。
これほど退屈で、賢い生き方はありません。



というわけで、今回は社交辞令について語ってみました。
皆さんもバシバシお世辞を投げつけて、人間不信になりましょう。
それでは。

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Tag:ゴーストライター

1 Comments

名無し  

そうやって斜に構えて世間を知ったような顔してんのマジでキモい
お前がただアスペってだけだろw
お前みたいな奴は周りから見捨てられて当然

2017/03/07 (Tue) 00:16 | EDIT | REPLY |   

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